東京高等裁判所 平成7年(行ケ)252号 判決 1998年2月26日
福井県坂井郡金津町伊井第60号1番地
原告
新道繊維工業株式会社
同代表者代表取締役
新道忠志
同訴訟代理人弁理士
亀井弘勝
同
稲岡耕作
広島県芦品郡新市町大字戸手2382番地の6
被告
株式会社ミツボシコーポレーション
同代表者代表取締役
道前伸洋
同訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
滝澤功治
同
弁理士 宮本泰一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和63年審判第13674号事件について平成7年8月24日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「芯地」とする特許第1099905号発明(昭和51年12月28日出願、昭和55年10月13日出願公告、昭和57年年6月18日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は、昭和63年7月2日、本件特許を無効とすることについて審判を請求をしたところ、特許庁は、この請求を同年審判第13674号事件として審理し、平成3年5月16日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたが、東京高等裁判所は、平成6年2月17日、上記審決を取り消す旨の判決(平成3年(行ケ)第185号)をし、同判決は確定した。
その後、被告は、本件特許に関する訂正審判の請求(平成6年審判第12326号)をし、平成6年11月4日訂正を認容する審決がされたが、特許庁は、平成7年8月24日、差戻後の無効審判事件について、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月21日原告に送達された。
2 特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨
所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成してなる弾撥性の強い可撓性合繊モノフイラメント糸(1)と、該糸層の一面においてウエール方向に配置され、各ウエールより1ウエール飛び以上離れたウエールとの間においてジグザグ状に横に振り、各ウエール間に振り糸の重合により重複部分(2)’を形成してなる任意の合繊フイラメント糸(2)と、前記モノフイラメント糸(1)層に対し前記糸(2)層と同一面又は他面の少なくとも一面において縦方向に挿入してなる適宜数のフイラメント糸(3)と、前記各糸(1)、(2)、(3)を各ウエールにおいて縦方向に一体に編止めしてなるステッチ糸(4)とからなり、前記縦方向に配列挿入されたフイラメント糸(3)は熱収縮を異たするフイラメント糸により構成され、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されていることを特徴とする芯地。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)のとおりである。ただし、10頁12行ないし14行の「「緯糸」、「力糸」および「部分緯糸」はそれぞれ本件発明において(1)、(2)および(3)で表される糸に相当し、」は、「「全幅緯糸」、「部分緯糸」および「力糸」はそれぞれ本件発明において(1)、(2)および(3)で表される糸に相当し、」の誤記である。
4 審決の認否
(1) 審決書2頁2行ないし3頁14行(本件発明の要旨等)は認める。
(2) 同3頁15行ないし9頁15行(請求人の主張、請求人の提出した証拠)は認める。
(3)<1> 同9頁18行ないし12頁12行(甲第3号証との一致点、相違点の認定)は認める。
<2> 同12頁14行ないし17頁5行(相違点<1>ないし<4>についての判断)は認める。
<3> 同17頁7行ないし21頁4行(相違点<5>についての判断)のうち、19頁16行から20頁2行「ものであり、」まで、20頁10行から21頁4行までは争い、その余は認める。
<4> 同21頁5行ないし22頁5行(効果についての判断等)は争う。
(5) 22頁6行ないし8行(まとめ)は争う。
5 審決を取り消すべき事由
審決は、相違点<5>についての判断を誤ったため進歩性の判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。
(取消事由)
審決は、「甲第15号証に開示された技術内容をもってしても、甲第3号証に記載された編組織を芯地に適用する際に、その縦方向に配列挿入される糸(力糸)を・・・「熱収縮を異にするフイラメント糸により構成され」、しかも「巾方向一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されている」という構成にすることは、当業者が容易になし得たことということはできない。」(審決書20頁14行ないし21頁4行)と判断するが、誤りである。
(1) 審決は、本件発明と甲第15号証に記載されたものとの相違点として、芯地の組織は、前者が経編地で、後者が織物である点を挙げ(審決書19頁8行ないし10行)、熱収縮糸の配列の状態について、前者における熱収縮糸は付加的に配設された挿入糸として配設されているのに対し、後者におけるそれは帯状布自体を構成する部分に配設されている点を挙げている(同19頁16行ないし20頁2行)。
<1> しかしながら、甲第15号証と本件発明とは、技術的課題を共通にし、その目指す作用効果も共通しているから、織物による甲第15号証の芯地が公知である以上、当業者であれば、編地による芯地に収縮率の相異する糸を経方向に配する技術内容を採用すること自体に何らの困難性はない。
そして、甲第15号証の織物地における経糸による熱収縮差の技術思想を甲第3号証の経編地に転用しようとする場合、経方向に挿入される糸である糸(3)に相当する糸が最も好適なものとして選択されることは、至極当然のことであるから、経方向への挿入糸としてのフィラメント糸(3)に相当する糸にて熱収縮差をつけることは、着想容易なものである。
乙第6号証に基づく被告の主張は、「経方向への挿入糸」に相当する糸がなく、挿入糸を収縮率を異にする糸として選択する余地がない編地を対象としての主張にすぎない。
<2> 被告は、本件発明における糸(3)の挿入形態は、単に編地の一面に挿入されているのであって、他の糸と絡んだり結合したりすることはない旨主張するが、本件発明では、ステッチ糸(4)とステッチ糸(4)との間にフィラメント糸(3)が挿入され間接的に一体に編止めされる場合だけでなく、ステッチ糸(4)が位置するウエールの位置にフイラメント糸(3)が挿入されステッチ糸(4)により直接的に一体に編止めされる場合も含むのであるから、被告のこの点の主張は誤りである。
(2) 審決は、甲第15号証における熱収縮糸はスフレーヨン等と記載され、フイラメント糸を用いることについては何ら記載されていないことを指摘する(審決書19頁11行ないし15行)。
しかしながら、本件特許出願前より、編地における振り糸や挿入糸等として、熱収縮性フイラメント糸が種々利用されていた(甲第8号証、甲第16号証ないし甲第21号証)ものであるから、収縮を意図しているスフレーヨンに代え、フイラメント糸を熱収縮糸として用いることに何らの困難性は見いだし難く、使用糸の選択に進歩性があるとはいえない。
なお、本件発明は、芯地を対象とする物の発明であって、芯地を用いての加熱処理方法や縫製方法の発明ではないから、本件発明の芯地の扇形弧状への湾曲をどの段階で発現させるかは、限定されていない。
(3) 審決は、収縮率についても、甲第15号証に記載のものは、「一方の耳部(第一耳部)、他方の耳部(第二耳部)、中間部の順に小さくなっているものであり、本件発明の「縦方向に配列挿入されたフイラメント糸」のように「巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されている」ものではない。」(審決書20頁2行ないし9行)と認定している。
しかしながら、甲第15号証に記載のものにおいては、大、中の収縮率を有する両耳部の熱収縮によって全体として扇形の湾曲帯状布となり、両耳部よりも収縮率が寡少なる中間部の経糸の収縮によって布の長手方向と直角な巾方向にも反曲するものであるから、当業者であれば、甲第15号証の技術内容から、本件発明における経糸の収縮差を利用した技術内容の示唆を受けるものである。
(4) 審決は、本件発明の作用効果について、「上記の構成により、芯地として、適度の柔軟性と長手方向伸縮性ならびに復元性を有し、保形性に優れ、外めくれを防止するほかに、「体形に則したフィット性」があるという上記甲各号証にはない作用効果を奏するものである。」(審決書21頁14行ないし19行)と認定しているが、「体形に則したフィット性」については、甲第15号証に「本発明帯状布をズボン、スカート等の腰裏芯地布7として該衣服の上縁部にこれを添合逢着することによって、腰部の膨らみ部分に最適な下方への拡がりが容易に得ることができ内側から良く添合し、一律性に富み保型力に秀れる等大なる利点を有する賦形芯地を得ることができる」(2頁左欄23行ないし29行)と記載されているとおり、甲第15号証に記載されたものも奏する作用効果にすぎない。
また、本件発明では、ステッチ糸(4)とステッチ糸(4)との間にフィラメント糸(3)が挿入され間接的に一体に編止めされる場合だけでなく、ステッチ糸(4)が位置するウエールの位置にフイラメント糸(3)が挿入されステッチ糸(4)により直接的に一体に編止めされる場合も含むものであるところ、後者のものでは、フィラメント糸(3)に熱収縮差を付与させても、他の糸との絡みによって、乙第6号証のもののようにステッチ糸に熱収縮差を付与させるものより、扇形弧状の形状変化を与える作用効果が格別優れているとは言い難く、むしろ大差のないものである。
(5) したがって、審決の相違点<5>についての判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 認否
請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1)<1> 本件発明の芯地は経編地であり、甲第15号証の帯状布は織物であるが、周知のように経編地と織物地では、それぞれ糸を組合わせる仕組み(製造方法)が相違し、両者の組織(糸の配設構造)及び特性の違いは歴然としており、技術分野を異にしている。
すなわち、織物地においては、緯糸と経糸が直角に組み合わされ、上下に交互に通って結合されるのであり、経糸がなければ織物地とはなり得ないので、経糸は織物構成上必須のものである。したがって、甲第15号証の帯状布に配される経糸も、織物構成上欠くことのできない必須のものであり、該経糸によって構成された耳部が帯状布自体を構成する部分である。これに対し、編地は、縦方向ループの連続形成を基本とし、本件発明の糸(3)は、付加的な効果を得る目的で、経編地に挿入され、また、その挿入形態は単に編地の一面に挿入されているのみである。よって、甲第15号証における経糸と本件発明における経糸挿入糸(3)とは、明らかに別異のものであり、本件発明において甲第15号証の経糸と対応するものは、縦方向ループである。
なお、甲第3号証の編組織では、力糸(縦方向の挿入糸)が縦方向に編目を形成する糸により直接的に一体に編止められていないことからすると、原告主張の本件発明の糸(3)が甲第15号証の経糸に対応するステッチ糸(4)によって直接的に編止められている点は本件では関係がない上、本件発明の糸(3)が甲第15号証の経糸に対応するステッチ糸(4)によって直接的に編止められている場合でも、本件発明の糸(3)は、甲第15号証の経糸のように緯糸と交互に交差することなく、経編地の一面に単に挿入されているのであって、付加的な効果を得る目的を有する糸であることに変わりはない。
<2> 原告は、本件発明のステッチ糸(4)や合繊ブイラメント糸(2)は編目と直接的に関与するため熱収縮差をつける糸として適さず、糸(3)に相当する糸が最も好適なものとして選択されることは経編地として至極当然のことである旨主張する。しかしながら、まず、経方向に配糸するステッチ糸(4)は、熱収縮差をつける糸として作用せしめることが充分に可能である。このことは、島田商事株式会社が頒布した製品(ニューカーブラブ)の説明書(乙第6号証)中において、その特徴の一つとして、「編み組織の上、鎖編み糸に収縮率の異なる糸を使用している為、簡単にクセ処理(カーブライン)が出来ます。」と記載され、ステッチ糸(4)に相当する糸に熱収縮差をつけることによって、布地に扇形湾曲性をもたらし得ることが記載されていることから明らかである。そして、原告が提出する従来の経編地の公知例では、甲第3号証を除き、経方向の挿入糸たる糸(3)に相当する糸は用いられていない。このことは、通常の経編地においては、経方向の挿入糸たる糸(3)に相当する糸を用いることが、必須の要件としては認識されていなかったことを示している。そして、このような編組織の場合において、編地に熱収縮差を与えようとすれば、経方向に配糸するステッチ糸(4)に熱収縮差をつけるのが、むしろ当然である。なお、甲第3号証の経編地では、経方向の挿入糸たる糸(3)に対応する糸が用いられているが、これは「力糸は編地に縦方向および横方向に高い安定性を与えている。」(甲第3号証1頁右下欄10行ないし12行)と記載されているように、単に布地に安定性を与えるために使用されているにすぎない。
(2) 甲第15号証における熱処理は、蒸気温によるものである。
これに対し、本件発明は糸(3)が熱収縮を異にするフィラメント糸で構成されているので、その繊維物性から、水又は蒸気では収縮せず、ローラプレスあるいはアイロン加熱等によって収縮し、扇形弧状の湾曲形状を得る。
したがって、両者は、利用される糸の違いから、収縮の発現において前記のごとき違いを有し、作用効果においても明らかに相違するものであり、本件特許出願前より熱収縮性フイラメント糸が種々利用されていたことをもって、合繊フイラメント糸が甲第15号証の「スフレーヨン等」(1頁右欄9行)に含まれると解することはできない。
(3) 甲第15号証の「収縮率大」、「収縮率中」の糸が配される部分は、耳部に限定されているのであり、しかもその耳部は、甲第15号証の第2図、第3図に図示されているように、帯状布の最側辺部である。
これに対し、本件発明の糸(3)は、最適な湾曲形状が得られるように、例えばその上縁側より順次、大なる熱収縮率を有する縦糸群からなる大熱収縮糸部分、中間の熱収縮率を有する縦糸群からなる中間熱収縮糸部分、小なる熱収縮率を有する縦糸群からなる小熱収縮糸部分という具合に区分されているものである。
(4)<1> 本件発明は、中間部を飛ばして両耳部のみを対象とするものではなく、一側より順次、熱収縮の異なる糸を挿入するものであるから、湾曲効果が遙かに優れている。
<2> また、フィラメント糸(3)を用いる本件発明は、ステッチ糸(4)に熱収縮差を与えるものに比し、扇形弧状の形状を得る効果においてはるかに優れている。すなわち、本件発明におけるフィラメント糸(3)が熱収縮すれば、糸(3)の収縮に直接対応して芯地の寸法が短くなり、湾曲形状をとることになる。これに対して、ステッチ糸(4)の形状は、編目(ループ)が鎖状に連結されていて、しかも、その連結部には各々若干の開き(すき間)があるため、このような形状をとったステッチ糸(4)が熱収縮すると、まず、編目の連結部のすき間が埋められ、次に、丸い鎖状の編目が各々編目の横幅を狭くすることによって、その形状が細長い形状となり、それによって収縮が吸収され、糸が収縮しても、その収縮に応じてそれだけ直接芯地の寸法は短くならない。したがって、本件発明においては、「これをカラー、帯、腰裏等の芯地として使用するに当っては、従来の芯地と同様、表布と共に重ね、熱ローラープレス或いはアイロン加熱等により熱接着される。・・・配列される縦糸フィラメントが数種の熱収縮率異なる場合には扇形弧状の彎曲を呈する。」(甲第2号証の1第7欄41行ないし8欄5行)と記載されているように、ズボンの表布とともに熱接着される過程において、極めて容易に扇形弧状に湾曲させる効果が達成できるのであるが、ステッチ糸(4)に熱収縮差を与えた場合に、これと同一の作用効果を得ることは、到底不可能である。しかも、編地は特有の性質として、伸縮性があり、形態安定性、寸法安定性を失いやすい特徴を有していることは周知であり、フィラメント糸(3)のように復元性、保形性等の効果を奏する糸がなければ、熱収縮によって得られた扇形弧状の形状は保持し得ない。以上のように、フィラメント糸(4)に熱収縮差を与えても、本件発明の有する「体形に即した良好なフィット性を有せしめ」(甲第2号証の1第4欄31行ないし33行)、更に、「自然形態に合致する形くずれのない」(同9欄7行、8行)等の効果を奏することは、著しく困難である。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は、甲第24号証、甲第25号証及び甲第27号証ないし甲第29号証を除き、いずれも当事者間に争いがない(甲第26号証については原本の存在も)。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。
そして、審決書9頁18行ないし12頁12行(甲第3号証との一致点、相違点の認定)及び同12頁14行ないし17頁5行(相違点<1>ないし<4>についての判断)は、当事者間に争いがない。
2 そこで、相違点<5>についての判断の当否について検討する。
(1) 「甲第4号証ないし甲第13号証の2には、編組織の縦方向に配列挿入される糸が熱収縮を異にするフイラメント糸であり、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異、にするようにされている点については何ら記載されておらず、また、それを示唆する記載もない」(審決書17頁7行ないし12行)ことは、当事者間に争いがない。
(2)<1> 次に、甲第15号証に、「「収縮率がそれぞれ相異する織糸を用いて織成せしめた織布両耳部分の一方耳部の収縮率が他方耳部の収縮率より寡少とし、かつ前記両耳の残余中間部に前記耳部に比し収縮率が小なる織糸をもって織成してなる湾曲帯状布」が記載され、「織布両側縁にスフレーヨン等順次収縮率大なる織糸を用いて第一耳部3ならびに第二耳部3’を形成し、かつ前記第一耳部3の収縮率を第二耳部3’の収縮率に比してやや大ならしめるとともに、前記両耳部3、3’中間部4の織糸を前記両耳形成織糸に比しその収縮率が寡少なる経糸をもって配して織成せしめる。」(1頁右欄9行ないし15行)、「かく製織せしめたる帯状布にプレス等の熱処理を施すことによって、該布状体が互いに異なる耳状部分3、3’の収縮率の織布織性上矢印C方向の扇状形体に湾曲形成し、かつ同時に該織布の長さ方向に直角な各横断面形状が円弧状のD方向にも反曲し、よって平面立体的湾曲弓状に変形せる帯状布が容易に得ることができるのである。」(1頁右欄19行ないし25行)、「本発明帯状布をズボン、スカート等の腰裏芯地7として該衣服の上縁部にこれを添合縫着することによって、腰部の膨らみ部分に最適な下方への拡がりが容易に得ることができ内側から良く添合し、一律性に富み保型力に秀れる等大なる利点を有する賦形芯地を得ることができる」(2頁左欄23行ないし29行)」と記載されていること、「甲第15号証に記載された「湾曲帯状布」は、「芯地」として用いられるものであり、収縮率の相異する糸を縦方向に配し、後の熱処理による収縮の発現によって湾曲形状となすものである」こと(審決書17頁15行ないし19頁7行)は、当事者間に争いがない。
<2> 乙第1号証(「ニット用染色加工機械」)によれば、「元来、織り物と編み物とは、それぞれ糸を組み合わせる仕組みの相違によって造られた、糸の組み合わせ構造の違った繊維製品であって、当然製品としての特性や外観はかなり違っている。」(1頁12行ないし14行)、「つぎに織り物と編み物との相違を挙げるならば、周知のとおり、織り物はたて糸の間に交叉したよこ糸をしっかり打ちこんで、地のしまった堅ろうな構造に造られているのに対し、編み物の方は、構成糸同志をたがいにゆるやかにからませながら編み立てられたもので、その製品は、たて糸またはよこ糸の方向にきわめて伸びやすく、しかもその伸びが十二分に回復することが望まれている。このような伸縮性とこれに伴う柔軟な感触は編み物特有の性質で、織り物と大変違う」(1頁21行ないし26行)ことが認められる。
本件明細書の「(4)は前記マルチフイラメント糸(2)による横振り層を合繊モノフイラメント糸層の一面に編み止めする通常、鎖編みの如き経編目からなるステッチで前記モノフイラメント糸(1)及びマルチフイラメント糸(2)を横振りする時、一緒に別の編糸を編み込み編成する。この編目(4)は通常のトリコット編目等を以て代替せしめてもよい。」(甲第2号証の2第5頁3行ないし7行)との記載及び第1図(甲第2号証の1)によれば、本件発明は、糸(2)及び糸(4)とで編目を形成して経編地とするものであることが認められる。
そして、本件明細書の「更に基層を構成する合繊モノフイラメント糸は弾撥性があり、被着製品の適度の柔軟性並びに保形性を付与せしめ・・・かつ基層は両端がU字状屈曲で丸味をもって連結しているため、従来のヒートカットしたものの様に鋭利で、布目を通して膚を刺すという心配もなく、その上、両端が経編目を編成する編糸と共に一緒に編み込み、止められて目ずれ防止の効果も併せ有している。」(甲第2号証の2第7頁28行ないし8頁5行)との記載によれば、前記糸(2)及び糸(4)で形成される経編地に弾撥性の強いモノフイラメント糸(1)を所要の編巾一杯にわたり両端部に耳部を形成しながら緯方向に往復編成して挿入させることにより、前記経編地に経方向への弾撥性、保形性を付与し、この構成によって編物としての形態を保持でき、また、この構成で芯地として利用できるものであることが認められる。
さらに、本件明細書の「(3)は前記合繊モノライラメント糸(1)による糸層と、任意の合繊モノフイラメント糸(2)たよる糸層とからなる構造物の一面又は両面に配列挿入され編成時一緒に編み込まれているフィラメント糸であり、縦方向に対し強力を与えることは勿論、芯地の厚みを増し、腰を高めるために挿入される。」(甲第2号証の2第4頁22行ないし25行)との記載によれば、本件発明は、前記糸(2)、糸(4)及び糸(1)に加え、更に芯地として縦方向に対する強力を付与し、厚みを増し腰を高めるために付加的に縦にフィラメント糸(3)を挿入するものであることが認められる。
また、本件特許請求の範囲第1項の「前記モノフイラメント糸(1)層に対し前記糸(2)層と同一面又は他面の少なくとも一面において縦方向に挿入してなる適宜数のフィラメント糸(3)」との記載によれば、その配列挿入の仕方は、緯方向に挿入されたモノフイラメント糸(1)と交錯することなく挿入されるものであることが認められる。
他方、前記乙第1号証によれば、織物である甲第15号証の芯地は、経糸と緯糸が直角に組合わされ上下に交互に通って結合され形成されるものであり、経糸が織物組織としてその構成上必要不可欠なものであることが認められる(なお、乙第2号証によれば、この点は、搦み織の経糸についても同様と認められる。)。
以上によれば、本件発明の経方向に挿入されるフイラメント糸(3)は、編物組織に縦方向に対する強力を付与し芯地の厚みを増し腰を高めるため付加的に挿入されたものであるのに対し、甲第15号証の経糸は、織物を組織するため必要不可欠なものとして緯糸と交錯して挿入されるものであり、両者は、その挿入目的及び挿入形態を異にするものであると認められる。
<3> そうすると、甲第3号証中の糸で甲第15号証の経糸に最も近いと認められる糸は、本件発明における糸(4)に相当する糸であるから、甲第3号証に記載の経編地に、甲第15号証に記載の「収縮率がそれぞれ相異する織糸を用いて織成せしめた織布両耳部分の一方耳部の収縮率が他方耳部の収縮率より寡少とし、かっ前記両耳の残余中間部に前記耳部に比し収縮率が小なる織糸をもって織成」するどの点を適用したとしても、この甲第3号証中の本件発明における糸(4)に相当する糸を熱収縮糸とすることになり、しかも、甲第15号証や周知技術等に地組織を構成する糸ではない付加的な糸を熱収縮糸とすることを示唆するものは見いだせないから、本件発明は、少なくとも熱収縮糸を付加的に挿入された糸(3)とした点において、甲第3号証ないし甲第13号証の2及び甲第15号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
<4> 原告は、経方向への挿入糸に相当する糸がない乙第6号証ではなく、経方向への挿入糸に相当する糸を有する甲第3号証の経編地から出発すれば、経方向に挿入される糸である糸(3)に相当する糸が熱収縮差を付けるのに最も好適なものとして選択されることは当然のことである旨主張するが、原告のこの点の主張は上記に説示したところに照らし、採用できない。
さらに、原告は、本件発明はステッチ糸(4)が位置するウエールの位置にフイラメント糸(3)が挿入されステッチ糸(4)により直接的に一体に編止めされる場合も含むと主張するが、そのように編止めされたものが甲第3号証に示されていない上に、前記のとおり、フイラメント糸(3)は、ステッチ糸(4)によって直接的に編止めされている場合でも、甲第15号証における経糸のように緯糸と交互に交錯することはなく経編地の一面に挿入されており、その配設位置は、やはり織物の経糸の配設位置とは異なるものであるから、この点を理由に、熱収縮差を付ける糸としてフイラメント糸(3)が選択されることが容易であると解することはできず、この点の原告の主張は採用できない。
<5> そして、本件発明においては、フィラメント糸(3)が熱収縮すれば、糸(3)の収縮に直接対応して芯地の寸法が短くなって湾曲形状をとることになり、容易に扇形弧状に湾曲させる効果が達成できると認められる。これに対し、ステッチ糸(4)に熱収縮差を与えるものにおいては、編目によって収縮が吸収され、糸が収縮してもその収縮に応じて直接芯地の寸法は短くならないため、本件発明のものに比し、「体形即応性」(甲第2号証の2第8頁14行)の点において劣ると認められる。しかも、前記のとおり、「編み物の方は、構成糸同士をたがいにゆるやかにからませながら編み立てられたもので、その製品は、たて糸またはよこ糸の方向にきわめて伸びやす」いものであるから、形態安定性、寸法安定性を失いやすい特徴を有していると認められるところ、本件発明は、フィラメント糸(3)のように保形性等の効果を奏する系によって「形くずれのない」(同8頁15行)等の効果を奏しているものと認められる。
原告は、本件発明が奏する効果である「体形に則したフィット性」については、甲第15号証の記載中にも、「本発明帯状布をズボン、スカート等の腰裏芯地布7として該衣服の上縁部にこれを添合逢着することによって、腰部の膨らみ部分に最適な下方への拡がりが容易に得ることができ内側から良く添合し、一律性に富み保型力に秀れる等大なる利点を有する賦形芯地を得ることができる」とあるように、甲第15号証に記載されたものも奏する作用効果にすぎないと主張するが、前記のとおり、本件発明は、甲第15号証記載の芯地より「体形に即したフィット性」を高めているものであるから、この点の原告の主張は採用できない。
さらに、原告は、本件発明は、ステッチ糸(4)が位置するウエールの位置にフィラメント糸(3)が挿入されステッチ糸(4)により直接的に一体に編止めされる場合も含むが、このものでは、フィラメント糸(3)に熱収縮差を付与させても、他の糸との絡みによって、乙第6号証のもののようにステッチ糸に熱収縮差を付与させるものより、扇形弧状の形状変化を与える作用効果が格別優れているとは言い難く、むしろ大差のないものである旨主張するが、フィラメント糸(3)は、ウエールの位置にステッチ糸(4)により直接的に一体に編止めされる場合でも、熱収縮して、糸(3)の収縮に直接対応して芯地の寸法を短くさせて湾曲形状をとらせ(編止めにより、糸(3)の収縮が妨げられるとの事情はうかがわれない。)、かつ、保形性等の効果を奏する糸として「形くずれのない」等の効果を奏するものと認められるから、この点の原告の主張は採用できない。
<6> そうすると、仮に、熱収縮を求められている分野において熱収縮合繊繊維を用いることが周知の技術であり、甲第15号証のスフレーヨンに変えて熱収縮糸として合繊熱収縮糸を採用し、それらの加熱変形にアイロン等の加熱手段を用いることは当業者にとって困難なことではなく、帯状布の長手方向だけの湾曲のために「巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分」する構成を採用することは当業者が容易に想到できるものであるとしても、本件発明が甲第3号証ないし甲第13号証の2及び甲第15号証に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないとの審決の認定に誤りはない。
(3) 以上によれば、原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
3 よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
昭和63年審判第13674号
審決
福井県坂井郡金津町伊井第60号1番地
請求人 新道繊維工業 株式会社
大阪府大阪市中央区南本町4丁目5番20号 住宅金融公庫・住友生命ビル あい特許事務所
代理人弁理士 亀井弘勝
兵庫県神戸市中央区雲井通4丁目2番2号 神戸いすゞリクルートビル 渡辺特許事務所
代理人弁理士 渡辺隆文
広島県芦品郡新市町大字戸手2382番地の6
被請求人 株式会社ミツボシコーポレーション
東京都渋谷区渋谷2-10-10 仁丹ビル6階
代理人弁理士 品川澄雄
兵庫県神戸市中央区海岸通8番地 神港ビル7階
代理人弁護士 滝澤功治
大阪府大阪市中央区南船場3丁目9番10号 徳島ビル
代理人弁理士 宮本泰一
上記当事者間の特許第1099905号発明「芯地」の特許無効審判事件についてなされた平成3年5月16日付け審決に対し、東京高等裁判所において、審決取消の判決[平成3年(行ケ)第185号、平成6年2月17日判決言渡]があったので、さらに審理したうえ、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ. 本件特許第1099905号は、昭和51年12月28日に出願され、昭和55年10月13日に特公昭55-39642号として出願公告がなされた後、昭和57年6月18日に設定の登録がなされ、本件特許無効審判請求後に本件特許発明に関する訂正の審判が請求され(平成6年審判第12326号)、その審判請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正を認容する審決がなされ、該審決は確定しているものである。
そして、上記特許の第1発明は、特許請求の範囲第1項およびこの実施態様である第2及び第3項(訂正前の明細書では第2ないし第4項)に記載されたものであり、その第1項に記載された発明は次のとおりのものと認める。
「所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成してなる弾撥性の強い可撓性合繊モノフイラメント糸(1)と、該糸層の一面においてウエール方向に配置され、各ウエールより1ウエール飛び以上離れたウエールとの間においてジグザグ状に横に振り、各ウエール間に振り糸の重合により重複部分(2)’を形成してなる任意の合繊フイラメント糸(2)と、前記モノフイラメント糸(1)層に対し前記糸(2)層と同一面又は他面の少なくとも一面において縦方向に挿入してなる適宜数のフイラメント糸(3)と、前記各糸(1)、(2)、(3)を各ウエールにおいて縦方向に一体に編止めしてなるステッチ糸(4)とからなり、前記縦方向に配列挿入されたフイラメント糸(3)は熱収縮を異にするフイラメント糸により構成され、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されていることを特徴とする芯地。」
Ⅱ. これに対して、請求人は、昭和63年7月22日付けで無効審判を請求し、本件特許はこれを無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、本件特許の特許請求の範囲第1項に記載され、第2及び第3項に実施態様が示されている発明(その要旨は、前記の特許請求の範囲第1項に記載されたとおりのものであり、以下、「本件発明」という。)は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明であるので、本件特許は同法第123条第1項第1号により無効とすべきであると主張し、該事実を立証するために甲第1号証ないし甲第9号証を証拠として提示した。
さらに、請求人は、上記の訂正審判の確定後に意見書を提出し、訂正が認容された発明も依然無効理由を有するものであるとして、証拠として新たに甲第1号証ないし甲第15号証を提示した。
Ⅲ. 新たに提示された証拠の甲第3号証ないし甲第11号証は、それぞれ、審判請求時の証拠の表示の甲第1号証ないし甲第9号証として提示されたものであるので、請求人の提出した証拠は新たな証拠の表示にしたがって整理すると、次の通りのものである。
甲第1号証 平成3年5月16日付審決謄本
甲第2号証 特公昭55-39642号公報(訂正前の本件特許発明)
甲第3号証 特開昭47-25477号公報
甲第4号証 昭和42年2月1日、繊維研究会出版局発行、岡本恒彦著「新しいメリヤス学」表紙、第250~251頁、奥付
甲第5号証 昭和2年実用新案出願公告第8712号公報
甲第6号証 実願昭49-101162号(実開昭51-31901号)のマイクロフィルム
甲第7号証 特開昭50-144541号公報
甲第8号証 実公昭50-42230号公報
甲第9号証 実願昭46-95709号(実開昭48-49371号)のマイクロフィルム
甲第10号証 実願昭46-121663号(実開昭48-77101号)のマイクロフィルム
甲第11号証 特開昭51-35768号公報
甲第12号証 実開昭51-28218号公報および上記公開公報に係る実願昭49-99425号のマイクロフィルム
甲第13号証の1および2
実開昭50-53117号公報および上記公開公報に係る実願昭48-108264号のマイクロフィルム
甲第14号証 平成3年(行ケ)第185号判決謄本
甲第15号証 特公昭43-26569号公報
Ⅳ. 請求人の主張
1. 本件特許の訂正前の発明(以下、「訂正前の発明」という。)については、訂正前の発明と酷似する編組織の挿入緯糸付経編地、即ち甲第3号証(審判請求時には甲第1号証)に記載された経編地の組織が本件特許発明の出願前公知であり、甲第3号証は芯地として明瞭に用途限定されていないが緯糸挿入組織による経編地を芯地として用いることは当業者として別段困難性もなく容易に意図することができたところである。
そして、該甲第3号証に記載された経編地と訂正前の発明の組織との相違点についても、甲第4号証ないし甲第9号証(審判請求時には甲第2号証ないし甲第7号証)に開示されているように従来から良く知られた程度の組織であり、訂正前の発明の編組織は単なる公知の編組織の寄せ集めにすぎず、進歩性のある組織構成は存在しない。
さらに、訂正前の発明の糸使いの点についても、甲第10号証(審判請求時には甲第8号証)の芯地に各種フイラメント糸の使用が示唆されており、甲第5号証および甲第9号証には芯地等の経編地に全幅緯糸としてモノフイラメント糸を用いることが明示されているように、芯地の一部にモノフイラメント糸やマルチフイラメント糸を用いることはその目的、用途に応じて従来から適宜行われていたもので、振り糸および縦方向挿入糸等としてのフイラメント糸も熱収縮性や補強性を考慮するとき公知の編組織に対して当業者が任意に選択使用できる素材といえ(例えば甲第8号証)、使用糸の選択上格別進歩性があるとも思えない。
したがって、訂正前の発明は編成組織上および糸使いの上からも格別進歩性はなく、これらによる作用効果も前記した証拠の技術内容より当然予測できる程度の域をでない。
2. 表記の判決(甲第14号証がその判決謄本である)により、甲第3号証、甲第5号証、甲第6号証、甲第7号証および甲第13号証の1および2を判断根拠として、甲第3号証の編組織を生地とは求められる作用効果が全く異なる芯地に適用することは当業者にとって容易なこととはいえないとして、訂正前の発明を無効にすることはできないとした審決が取り消された。
3. 本件発明の訂正により追加された構成要件である「縦方向に配列挿入されたフイラメント糸(3)は熱収縮を異にするフイラメント糸により構成され、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されている」点については、甲第15号証に開示された技術内容に基づき、当業者が格別の困難性なく容易に意図できる程度のもので、効果の点においても共通するので、訂正審判にて認容された訂正内容、即ち訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明は、依然として特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明に該当する。
4. 以上の理由から、本件発明は特許法第123条第1項第1号により無効とされるべきものである旨、請求人は主張している。
Ⅴ. そこで、上記の請求人の主張するところについて検討する。
1. まず、本件発明の芯地と甲第3号証に記載された経編地とを対比する。
甲第3号証には、複数のウエールにわたって延びる緯糸と、ウエールの間に配置された力糸とを有するベース編地からなる経編地において、付加的な編目を形成する部分緯糸が所定の長さでベース編地に浮かされて配置されている編組織が記載され、「ベース編地には種々異なる形式のものが公知である。例えばウエールを成す編目を形成する糸はトリコット編、メリヤス編等の公知の編成法で編むことができる」(第1頁右欄第5~第8行)と説明されている。
ここで、甲第3号証に記載された経編地における「緯糸」、「力糸」および「部分緯糸」はそれぞれ本件発明において(1)、(2)および(3)で表される糸に相当し、「ウエールを成す編目を形成する糸はトリコット編、メリヤス編等の公知の編成法で編むことができる」とされる甲第3号証記載のベース編地の糸についてみると、複数のウエールにわたって延びる緯糸に対して縦方向に鎖編で編止めする編成法は甲第4号証、甲第5号証及び甲第7号証記載されているように本件出願前公知であるので、甲第3号証記載のベース編地のウエールを成す編目を形成する糸には、本件発明のステッチ糸(4)のように、緯糸を縦方向に鎖編みで編止めするものも含まれると解され、ベースとなる編地の組織の点では両者に相違はないが、
<1> 本件発明は芯地であるのに対して、甲第3号証記載のものは生地である点。
<2>本件発明においては、緯糸が所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成しているのに対し、甲第3号証に記載されたものはその点が不明である点。
<3>本件発明においては、ジグザグ状に横に振るフイラメント糸は編地上に浮いていないが、甲第3号証に記載されたものにおいて該糸に相当する部分緯糸はジグザゲの各折返し点以外では他の糸から成る編組織と結合されず、ベース編地上に浮かされている点。
<4> 本件発明のものは、往復編成した全巾緯糸(1)が弾撥性の強い可撓性合繊モノフイラメント糸、ジグザグ状の振り糸(2)が任意の合繊フイラメント糸であることにそれぞれ特定されているのに対して、甲第3号証に記載されたものでは、各糸の材質が特定されていない点。
<5>本件発明においては、縦方向に挿入されたフイラメント糸(3)は熱収縮を異にするフイラメント糸により構成され、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されているのに対して、甲第3号証には、縦方向の挿入糸について糸の材質、物性および配列については記載されていない点。
で、両者は相違する。
2. そこで、上記各相違点について検討する。
相違点<1><3>については、表記判決(甲第14号証参照)の判示のとおりである。
しかし、表記判決においては、「ここで問題にしているところは本件編組織と同じ編組織である甲第3号証の編組織を芯地に適用することが容易に想到することができるか否かということであって、審決の理由の要点によっても明らかなとおり、審決は、使用される糸の素材の特定(相違点<4>)や緯糸が所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成すること(相違点<2>)の容易想到性については、これを取り上げて判断していないのであるから、本件訴訟においてもこれらの点を論議の対象とすることは相当でなく」として、相違点<2><4>については判断の対象としていない。もちろん、縦方向に配列挿入された糸の熱収縮特性等(相違点<5>)についても触れていない。
3. そこで、さらに検討する。
まず、相違点<2>については、
甲第4号証には、全巾を往復する緯糸を縦方向に鎖編で編止めする編組織が記載され、緯糸が両郷端部で折り返し耳部を形成しているものが図示されている。
甲第5号証には、左右両縁辺に緯糸の折返しによる編耳を構成し、緯糸に対して縦方向に鎖編で編止めした縦編み莫大小地が記載され、「本考案は……生地全体を手厚くし組織を著しく堅牢ならしむると共に縦横何れの方向にも伸縮を生せさらしめ且つ編耳(b)により縁辺の整形を正うして巻上がり等の憂いなからしめらるる」とその効果を記載している。
甲第6号証には、「化学系から成る縦糸と適当巾をもって連続して左右に耳部をつくりながら往復編成する化学糸から成る横糸と縦方向に左右にかけて互に絡み合って編成するくさり糸とから成る芯地」が記載され、「出来上った布組織はそれぞれ四方にがんじがらめに絡み合っており、どの糸を引いても抜け出るおそれは全くなくなり、また左右側縁には耳部が連続して形成されているから、目ずれや糸の切れやほつれがなくなるから、芯地の型くずれが起らなくなり、……強靭で耐久性のきわめて大きい芯地となる」(第2頁下から第4行~第3頁第4行)と記載されている。
すなわち、緯糸が所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成してなる編組織は本件の出願前周知であり、そのような編組織の芯地が甲第6号証により本件の出願前公知であり、耳部を形成することの効果も、甲第6号証の「左右側縁には耳部が連続して形成されているから、目ずれや糸の切れやほつれがなくなるから、芯地の型くずれが起こらなくなり」の記載および甲第5号証の「編耳(b)により縁辺の整形を正うして巻上り等の憂なからしめらるる」の記載から公知のことであるから、甲第3号証に記載された編組織を芯地に適用する際に上記の編成法を採用することは当業者が適宜なし得ることである。
また、相違点<4>についても、
甲第7号証には、経糸を編組織になすと共にこの編組織内に合繊モノフィラメントを一定間隔をおいて挿入してなる細巾芯地が示され、「経糸1は、……ナイロン、ポリエステル等の合成繊維が使用され、……緯糸2にはナイロン、……等の合繊モノフィラメントを1本乃至数本引揃え総デニールで少なくとも500デニール以上となるようにして経糸の編目に挿入される。……本発明の細巾芯地は、その長手方向は自在に曲がり得ると共に5乃至20%程度伸張し得、又、その巾方向はしなやかに曲がると共に復元性に富んで骨材としての作用を成すため、身体への密着性が良く、又、無理な力が芯地に作用しても型くずれしたり折れたりすることはない。」(第1頁右欄末行~第2頁左欄第15行)と記載されている。
甲第10号証には、マルチフィラメント糸とモノフィラメント糸で構成された布帛である芯地兼用裏地に係る考案において、布帛として織物とともに編物の例があげられ、マルチフイラメント糸を用いた編組織の中にモノフイラメント糸を挿入した芯地が図面とともに示されており、「本考案では芯地面の特徴を要する部分にはモノフィラメント糸を使用したので、例えば繊度を変えることにより弾性と反撥性を自由に変更できかっ適度の張りを有している。従って、……型崩れが防止できる。」(第4頁末行~第5頁第5行)と記載されでいる。
さらに、甲第11号証、甲第13号証の1および2、にも、芯地あるいは芯地に相当する編地に素材として合繊モノフイラメント糸やマルチフイラメント糸を使用することが記載されているので、甲第3号証に記載された編組織を芯地に適用する際に、その素材として合繊モノフイラメント糸やマルチフイラメント糸を用いることについては、当業者にとって格別の困難性を要求されるものとはいえない。
しかしながら、相違点<5>についてみると、
甲第4号証ないし甲第13号証の2には、編組織の縦方向に配列挿入される糸が熱収縮を異にするフイラメント糸であり、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にするようにされている点については何ら記載されておらず、また、それを示唆する記載もない。
4. そこでさらに、甲第15号証について検討をする。
甲第15号証には、「収縮率がそれぞれ相異する織糸を用いて織成せしめた織布両耳部分の一方耳部の収縮率が他方耳部の収縮率より寡少とし、かつ前記両耳の残余中間部に前記耳部に比し収縮率が小なる織糸をもって織成してなる湾曲帯状布」が記載され、「織布両側縁にスフレーヨン等順次収縮率大なる織糸を用いて第一耳部3ならびに第二耳部3’を形成し、かつ前記第一耳部3の収縮率を第二耳部3’の収縮率に比しやや大ならしめるとともに、前記両耳部3、3’中間部4の織糸を前記両耳形成織糸に比しその収縮率が寡少なる経糸をもって配して織成せしめる。」(第1頁右欄第9~第15行)、「かく製織せしめたる帯状布にプレス等の熱処理を施すことによって、該布状体が互いに異なる耳状部分3、3’の収縮率の織布織性上矢印C方向の扇状形体に湾曲形成し、かつ同時に該織布の長さ方向に直角な各横断面形状が円弧状のD方向にも反曲し、よって平面立体的湾曲弓状に変形せる帯状布が容易に得ることができるのである。」(第1頁右欄第19~第25行)、「本発明帯状布をズボン、スカート等の腰裏芯地布7として該衣服の上縁部にこれを添合縫着することによって、腰部の膨らみ部分に最適な下方への拡がりが容易に得ることができ内側から良く添合し、一律性に富み保型力に秀れる等大なる利点を有する賦形芯地を得ることができる」(第2頁左欄第23~第29行)等の記載がなされている。
すなわち、甲第15号証に記載された「湾曲帯状布」は、「芯地」として用いるものであり、収縮率の相異する糸を縦方向に配し、後の熱処理による収縮の発現によって湾曲形状となすものである点では、本件発明と共通するものであるが、
ⅰ) 甲第15号証に記載された芯地の組織は、本件発明のような経編地ではなく織物であり、
ⅱ) 縦方向に配される糸の素材について、甲第15号証には、収縮率大なる織糸として、スフレーヨン等が示されているのみであり、フイラメント糸を用いることについては何ら記載されておらず、
ⅲ) 収縮率の相異する糸の配列の状態について、甲第15号証に記載のものにおける両耳部およびその中間部はいずれも帯状布自体を構成する部分であって、そこに配される経糸は本件発明におけるように「縦方向に配列挿入された」糸に相当するものということはできないものであり、その収縮率についても、一方の耳部(第一耳部)、他方の耳部(第二耳部)、中間部の順に小さくなっているものであり、本件発明の「縦方向に配列挿入されたフイラメント糸」のように「巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されている」ものではない。
という点で、甲第15号証は、前記相違点<5>で挙げた経編地の縦方向に配列挿入された糸に係る本件発明の構成要件を示唆しているものとはいえない。
したがって、甲第15号証に開示された技術内容をもってしても、甲第3号証に記載された編組織を芯地に適用する際に、その縦方向に配列挿入される糸(力糸)をフイラメント糸とし、該フイラメント糸を上記の相違点<5>で挙げた本件発明の構成、すなわち、「熱収縮を異にするフイラメント糸により構成され」、しかも「巾方向一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されている」という構成にすることは、当業者が容易になし得たことということはできない。
Ⅵ. 結局、請求人の提示した甲第3号証ないし甲第13号証の2および甲第15号証のいずれにも本件発明の構成要件である「縦方向に配列挿入されたフイラメント糸(3)は熱収縮を異にするフイラメント糸により構成され、巾方向に一側より熱収縮を大から小へ順次段階的に異にする2乃至複数の縦糸配列群に区分されている」点については、何ら記載されておらず、それを示唆する記載もない。
そして、本件発明は、上記の構成により、芯地として、適度の柔軟性と長手方向伸縮性ならびに復元性を有し、保形性に優れ、外めくれを防止するほかに、「体形に即したフィット性」があるという上記甲各号証にはない作用効果を奏するものである[表記判決(甲第14号証)第14頁第18~第19行参照]。
したがって、本件発明は甲第3号証乃至甲第13号証の2および甲第15号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
Ⅶ. 以上のとおりであるから、請求人が主張する理由および提出した証拠によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年8月24日
審判長 特許庁審判官
特許庁審判官
特許庁審判官
特許庁審判官
特許庁審判官